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2026年9月30日
5年ほど前から、妻に感化されて、中国ドラマや韓国ドラマをよく観るようになった。歴史ものあり現代ものあり、そしてファンタジーものもありと、ものすごい数のドラマが次から次へと配信されていて、結構楽しませてもらっている。中でも、歴史ものは、昔学んだ古い記憶と結びつくことがたまにあって、学び直しにも役立っている。記憶にある歴史上の人物や有名な歴史的事件が登場すると、「背景は○○の時代か!」などと、中国大陸や朝鮮半島の長い歴史に思いをはせている。
ただ家内も私も、残念ながら中国語も韓国語も分からない。したがって、観るのは字幕のものか、吹替のものに限られる。ところが吹替のものは、吹替(声優)の声が良すぎたり張りがあり過ぎたりして、どうも映像から捉える配役のイメージと合わないことが多く、がっかりしている。しゃがれた声や野太い声が醸し出す、人物の渋みや重厚感のようなものが伝わってこないのだ。したがって、好んで観たいと思わない。よく鑑賞しているのは、もっぱら字幕のものが多い。
この字幕、読むという作業に許されるのは、ほぼ一瞬だ。だから、長文だと苦労する。そして、字幕を全て記憶するということは不可能に近く、次の字幕が映し出された瞬間に半分は忘れてしまう。ところが、「えっ、日本語でそんな言い方をするかな?」と思うことがたまにあって、一瞬でも疑問を抱いてしまうと、頭から離れなくなって困る。先日も、そんな日本語訳があった。中国版時代劇の戦闘シーンでのセリフだ。大将が部下を鼓舞して、『殺せ!』と大声で叫んでいる。その字幕を観た瞬間、「『殺せ!』とは少し過激すぎるのではないか、むしろこのシーンに適切な日本語としたら『討て!』ではないのかな?」と思ってしまったのだ。そうなると、このモヤモヤが頭の隅にこびりついたまま離れない。「下手な日本語訳だな」と、字幕翻訳家への批判も頭をもたげる。ところが、翌日の夕方にNHKラジオを聴いて、「私が抱いたモヤモヤはまずいのかもしれない」と、逆に反省している。
聴いたのは、月曜日から金曜日の午後7時30分〜35分に放送している「NHKやさしいことばニュース」だ(https://www.nhk.jp/p/rs/34PY344RPJ/)。最新のニュースを、分かりやすい表現を使い、外国人や高齢者、障害のある人や子供でも聞き取りやすいようにゆっくりと喋ってくれるニュース番組だ。担当する女性アナウンサーの落ち着いた声と喋る早さが年寄りには何とも心地良くて、家内と二人よく聴いている。その番組でアナウンサーがいつも冒頭に言っている番組の意図、『…やさしい日本語で分かりやすく…』を聴いた途端に、「私のモヤモヤは見当違いかもしれない」と思い始めた。
私が「訳すのであればこうじゃないのかな?」と思った「討て」という表現は、私のような年寄りには理解できても、外国人や若い人には理解できないかもしれない。昭和生まれの日本人であれば、「仇討ち」とか「赤穂浪士の討ち入り」とかで、「討つ」という言葉自体よく目にしたり耳にしたりして、馴染みがある。しかし、日本の時代劇映画やテレビドラマが激減した現代にあっては、めったにお目に掛からない言葉になってしまった。必然的に、「討つ」という意味を、日本人でさえ知らない若者もいるのではないかと思う。ましてや外国人には、どういう意味か分からない、難しい日本語に違いない。そう考えると、「討て!」ではなく「殺せ!」と訳した担当の字幕翻訳家は、「誰でも分かるやさしい日本語に訳す」というのを心掛けているのかもしれない。であれば、さすがプロだ。
くだんの「NHKやさしいことばニュース」は、2012年4月からスタートしている。それから8年後の2020年8月、「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」が公表された(https://nj.alc.co.jp/entry/20201008-nihongo-guideline)。出入国在留管理庁と文化庁が、日本に住む外国人が増えた今、共生社会実現に向けたやさしい日本語の活用を促進するために作成したものだ。確かに、日本人が学校教育で学んでいる英語でも、聞き覚えのある基礎的な表現で喋ってくれると、片言の英会話しかできない私でもより理解は深まる。外国人にとって難しい言語とされる日本語なら、尚更やさしい言葉で言い換えることは必要だ。私も気を付けよう、と反省した途端にしでかした。
28日の月曜日、マーケットのレジで、留学生らしい外国の若者がもたついていた。聞こえてきた店員との会話から、日本語は少し喋れることが分かる。どうやら、最後の5円玉を財布の中から探し出せずに焦っているらしい。そこで一言、『焦らなくてもいいよ!』と声を掛けた。すると、たどたどしい日本語で『スイマセン』と言う。レジが終わりその後の会話もなく別れたのだが、別れた後でハタと気が付いた。「『焦らなくてもいいよ!』は彼には難しく理解できなかったのではないか、それよりも『ゆっくりでいいよ!』と言ってやった方が良かったのではないか」と。よく考えればもっとやさしい日本語で言えたのにまだまだ未熟だな、と反省することしきりである。
【文責:知取気亭主人】
ウォーキングコースに咲くコスモス
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