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2026年9月24日
誰が言ったか、「政治の世界では、一寸先は闇だ」とよく聞く。また、永田町には妖怪が住むとか住まないとか、実に恐ろしき噂話もたまに聞こえてくる。そんな闇の世界に紛れ込んだのか、或いは妖怪にたぶらかされたのか、つい数か月前(今年の1月結党)にできたばかりの政治団体「中道改革連合」が9月9日、事実上の解党を発表した。1年にも満たないこのドタバタ劇は大きく報道されているから万人の知るところとなっているが、「中道」という言葉自体が仏教由来だということは、表立って出てこない。私も、「中道改革連合」の名前が出た時に、たまたま新聞記事で見つけ、初めて知った。
日蓮宗のポータルサイト『日蓮宗 いのちに合掌』によれば、「中道」とは、仏教用語で「その場で適切な選択をすること」を指すのだという。“右でも左でもない真ん中”という意味に捉えがちだが、そうではないらしい(https://www.nichiren.or.jp/glossary/id137/)。それを知ると、「中道改革連合」を結党した先生たちは本来の意味をはき違えて命名したのではないのか、と疑ってしまう。「それではあえなく頓挫しても仕方がないな」と斜め見してしまうが、そうした野次馬根性丸出しの憶測は置くとして、この「中道」という仏教用語、(現時点では)早々に政治の表舞台から消えることになってしまった。くしくも仏教そのものが衰退の一途をたどっている様に思える現状を考えると、それも時代の流れかなと思う。
しかし実は「中道」以外にも、慣れ親しんだ仏教用語で、消えてしまうのではないかと思い始めている言葉がある。そう思い始めたのは、つい最近のことだ。しかも、めでたいお祝いのお金を頂いたのがきっかけだから、“へそ曲がり”と言われたらそれまでだ。素直に『その通りです』と答えるしかない。そんな“へそ曲がり”が消えてしまうのではないかと心配している仏教用語は、「彼岸」である。
9月19日朝、町会の役員が、お祝いを持って訪ねて来てくれた。「敬老の日」のお祝い金だ。我が町会では、敬老の日に、「古稀」や「喜寿」、「傘寿」など長寿祝いの節目の老人にお祝い金を渡す町会規定があって、私が丁度その歳にあたるということで持参してくれた。正確に言えば、「還暦」以外は数え年の筈だから、私は既に1年過ぎている。でも、貰えるならまぁいいかと黙って頂いた。
その敬老の日(9月の第三月曜日)は、つい先日の21日だった。そして、一日置いた23日水曜日は「秋分の日」。間の22日火曜日は、「国民の休日」となり、前の土日と合わせ5連休となった。秋の大型連休だ。名付けて「シルバーウィーク」。加えて、その前の週の(以前の敬老の日であった)15日は、休日にはなっていないが、気が付かないうちに「老人の日」に変わっている。カレンダーを見て初めて気が付いた。同じくカレンダーを見て気付いたが、9月の下旬はさながら“老人旬間”の様でもある。元々そうした狙いもあってなのだろうが、ネットショップでもリアル商店でも、それにあやかっての販売活動が活発だ。そうした活発な販売活動に伴い、「シルバーウィーク」という言葉が盛んに喧伝されていて、新しい言葉の筈なのにすっかり定着してしまった感がある。
「シルバーウィーク」、春の大型連休の「ゴールデンウィーク」(金)に対応する形で対して「シルバー」(銀)を使ったのだと思うが、白髪をも連想させる。シルバーは「シルバー人材」などにも使われていて、ソフトな表現でもあり、「お年寄り週間」というイメージにはぴったりだ。いずれにしても、「長幼の序」にも繋がる「敬老の日」を中心に考えて、めでたいことだから少しでも財布の紐を緩め消費活動を活発にしてもらおう、という政府の目論見は見事に成功しているように見える。
ところが、「シルバーウィーク」を喧伝するあまり、秋分の日を中心とする前後7日間の「秋の彼岸」が、すっかり影を潜めてしまった感がある。消費活動に直接繋がりにくいこともあってだろう、『彼岸の時期だよ!』とはあまり聞こえて来ない。「秋の彼岸」に食べる風習があった「おはぎ」も、なんだか影が薄い。今どきのお菓子が幅を利かせ、隅っこに押しやられている様にも見える。そうした現状を見せられると、長年慣れ親しんできただけに寂しい限りだが、「彼岸」という仏教用語が「中道」と同じ運命を辿るのも仕方が無いことかもしれない。一方で、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われてきた日本の気候もすっかり様変わりし、もうそのことわざが当てはまらなくなってしまった現実も突き付けられている。そんなあれやこれやを考えると、残念ではあるが時の流れには逆らえないのかなと思う。
しかし、仏教の教えには学ぶべきことが多い。先に参照した日蓮宗のポータルサイトによれば、「彼岸」とは苦しみを離れた平穏な世界のことを言い、苦しみの多い「此岸(しがん)」と呼ぶこの世界の対極にある、と説明している。いさかいや紛争が絶えない現実世界(此岸)から脱却できない我々人間には、「彼岸」という平穏な世界は夢のまた夢なのかもしれない。とはいえ、だからこそ「彼岸」を求めるという仏教の精神は絶対に忘れてはいけないと思う。もっと言えば、世界の為政者にも教えてやりたいぐらい崇高な思考だと言える。そんなあれやこれやを考えると、消え去りそうなこの「彼岸」という仏教用語、「シルバーウィーク」という大波に抗ってでも、何とか後世に残していきたいものである。
【文責:知取気亭主人】
アサガオ
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