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知取気亭主人の四方山話

『屋号は再び市民権を得られるかな?』

2026年9月9日

茨城県神栖(かみす)市が俄かに脚光を浴びている。神栖市のことは何も知らなかったので、基本情報を調べてみた。神栖市は霞ケ浦の東南方向に位置し、“千葉県との県境”と“太平洋”に二辺を囲まれた、細長い二等辺三角形のような形をしている、茨城県最東南端の行政区である。利根川の河口に位置する銚子市の対岸(利根川の左岸)が神栖市としても茨城県としても最南端になっていて、千葉県との県境は、概ね利根川とその支流が役目を果たしている。2005年の市制施行、いわゆる平成の大合併で誕生した市である。人口は、約9万3千人とある。

この神栖市で、昨年の11月、市長選挙が行われた。立候補者は、木内さんと石田さんの2人。神栖市のホームページによれば、投票総数33,667票のうち有効投票数が33,448票、これが真っ二つに割れて、二人の得票数はどちらもピッタリ同じの16,724票という、驚きの結果だった(https://www.city.kamisu.ibaraki.jp/shisei/election/1003910/1013155.html)。「そんな偶然があるんだ!」とビックリされた方も多いと思う。規定に基づいてくじ引きを行った結果、木内さんが当選と判断された訳だが…。

落選とされた石田さん、納得がいかず県の選挙管理委員会を相手に異議申し立てを行った。木内さんの得票の中に、「まんじゅうや」と「だんごさん」と記載されたものがあり、これは無効票だとの言い分だ。それが認められて当選無効とされた木内さん、今度は逆に『無効裁定は不当だ!』と裁判に打って出た。そして東京高裁は3日、木内さんの申し立てを棄却して、争点となった当該二票を無効票とした。ざっと、神栖市が脚光を浴びるきっかけとなった選挙騒動を振り返ってみたが、私が注目したのは、全くの同数だったというのもさることながら、懐かしい響きのある「まんじゅうや」と「だんごさん」が争点となったからだ。久しぶりに耳にした「屋号」が、ひょんな形で表舞台に立った。

屋号は子どもの頃によく聞いていた。身近なところでは、私の母の姉が嫁いだ先を、我々親戚も近所の人も、またもう少し広い地域の集落の人も、「かじや」と呼んでいた。ことさら名字を呼んでいた記憶は無い。だから我々姉弟は、伯父や伯母のことを「かじやのおじさん」、「かじやのおばさん」と呼んでいた。商売そのものも鍛冶屋をやっていたからなのだろうが、今のように名字を呼ばずとも、狭い地域では立派に通用していた。

一方、妻の実家は「たがや」という屋号だった、と義弟が教えてくれた。今は全く違う商売をしているが、きっと昔は桶や樽のタガ(木でできた桶や樽の外側にはめられていて、板がばらばらにならない様に締め付けている、竹や鉄などでできた輪)を作っていたのだろう。今でこそそうした屋号は、一部の狭い地域やお年寄りを除き、ほとんど使われなくなった。以前は、「かじや」だとか「たがや」と言えば、「ああ、あそこの家だ」と特定できていた。そうした屋号は、経済活動が狭い範囲に限られていた時代にあっては、名字以上に便利に使われ、通用していたのだろう。

『新村出編 広辞苑 第四版』(岩波書店 1991)は、「屋号」とは「商家または俳優などの家の称号」、と説明している。例えば歌舞伎俳優で言えば、市川團十郎の家系の「成田屋」とか、尾上菊五郎や尾上松緑などに掛かる掛け声「音羽屋」などが、それにあたる。そうした全国的に知れ渡った俳優などの「屋号」は、多くの人が知っているし、ご贔屓(ひいき)筋は今でも使っていることと思う。今でも個人事業主などが個人名以外で名乗る際に決めている屋号もあるようだが、しかし昔庶民の間で使われていた商売内容を表す「屋号」については、さっぱり聞かれなくなった。

その理由としては、多くの店が個人事業から法人になったことで商売内容が推定しづらい法人名になったこと、そして徒歩から車へと移動手段が便利になると共に経済活動域が広がり、店と客、お互いの顔が見えにくくなってしまったことが、まず挙げられる。また、経済活動域が広がったことで、同じ仕事を生業とする家が複数になり、「屋号」だけでは特定できなくなったこともある。加えて、機械化が進み「○○屋」の様に職人の技に頼る店がめっきり少なくなってしまったことも、大きな要因と考えられる。いずれにしても、現金のやり取りや“掛け売り(付け)”というやり方が廃れてしまった今、店にとって顧客の顔は全くと言って良いほど見えない。逆もまたしかりだ。

そうしたことを考えると、表題には書いてはみたものの、「屋号」が再び市民権を得るのは難しい。「屋号」には何となく古き良き時代の日本、ノスタルジーを感じるのだが、これも時代の流れと諦めるしかないのだろう。顔が見える客と店の関係、とても大事だと思う。ところが、若い人の中にはそれが煩わしいと思う人もいるらしい。「勿体ない!」と思うのは、私だけかな?

いずれにしても、そんなあれやこれやを考えさせられた、神栖市の市長選挙騒動だった。


【文責:知取気亭主人】

マリーゴールド


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