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知取気亭主人の四方山話

『風化』

2026年8月19日

例えがよろしくないかも知れないが、墓石によく使われている花崗岩(別名、御影石)、我が家の墓石も今のところそうだが、新鮮なものは硬くて、磨かれていると見た目にも美しい。人力で砕こうとするものなら、相当な力が必要だと思わせる。ところが、手に負えないほど硬そうに見えても、風化という作用の進行とともに脆くなって、叩けば容易に砕ける。そして、更に風化が進むと、真砂土(まさど)と呼ばれる砂質土状に変質してしまう。この真砂土、結構厄介なもので、大雨が降った時など災害の元凶になることが多い。

井上公夫氏が、「いさぼうネット」で執筆中の『シリーズコラム 歴史的大規模土砂災害地点を歩く』(https://isabou.net/knowhow/colum-rekishi/)に於いて、『コラム47 広島周辺の枕崎台風(1945)による土砂災害地点を歩く』で記した、安芸の宮島で起こった土砂災害の様子は、まさにそれだ。元々は堅牢な岩盤であっても、強く風化を受けると、時によっては人に害を及ぼす代物となってしまう。その厄介な風化には、凍結融解などによって組成している石英や長石、雲母などの鉱物毎に分解してしまう物理的風化作用と、水などに接触することで粘土鉱物などへと化学的組成を変化させてしまう化学的風化作用とがあって、長期に亘り風雨や激しい気温の変化などに曝されたりすることによってもたらされる。要するに、長い年月の経過と外的要因が風化を促進させる、と言える。

この「風化」という言葉、物でもないし、ましてや花崗岩のような岩石でもないのに、抽象的な人の記憶にも使われる。「記憶が風化する」、確かに元の記憶(形)が崩れて思い出せない、という意味では言いえて妙だと思う。ところが、記憶の風化がもたらす害は、時として岩石の風化と同じように悲惨な状況を招く場合がある。過去に犯した過ちなどが、まさにそれだ。教訓として記憶に留めておかなければいけないのに、記憶の風化が進むと、同じ過ちを繰り返す愚挙に繋がってしまう。考えてみれば、何とも恐ろしい。

そう、記憶の風化というのは、記憶されている内容によってはある意味実に恐ろしい。記憶されていた教訓に学べなくなってしまうからだ。人類は、過去に経験した幾多の失敗を乗り越えて、今にある。しかし、満腹感と便利さを手に入れるための科学技術の発達に関しては一所懸命過去の失敗に学ぶのに、共に平和に暮らそうという大局観に関しては、教訓となっていた記憶が大した時間も掛けずたちまち霧散してしまうらしい。上手く次の世代に伝えられなければ尚更だ。「人は歴史に学ばない」だったか、「人は歴史に学べない」だったかは忘れたが、実に嘆かわしい。

今、戦争というきな臭い暗雲が、広く地球を覆っている。この状況は、とりもなおさず、二度にわたる先の大戦の悲惨な記憶が風化してしまったからに他ならない。せめて記憶に留めて置くべきなのに、記憶の風化は思いのほか進んでいる。とても心配だ。太平洋戦争で310万人とも言われる(政府発表)戦没者を出した日本も、あれほど悲惨な戦いとなったにも関わらず、世界の風潮に同調するかのように、風化スピードはどんどん増しているように思える。戦争体験者や戦没者の遺族、或いは戦後の混乱期を経験した人は、このままいけば再び悲惨な大戦が繰り返されるのではないか、と危惧しているに違いない。では、記憶の風化が進んでいるとすれば、時間の経過は致し方ないとして、岩石風化の外的要因に当たるものは何なのだろうか。

一つには、インターネットを含めたメディアの情報発信量が、他の情報、例えば政治・経済・事件・事故・芸能・ゴシップに比べて圧倒的に少ないからではないかと思う。実は、「まだ戦後ではない」と考えている人もいる、と報じられることがある。例えば、戦後81年経った今でも遺骨が届いていない遺族がいて、その人たちの中には区切りが付けられない方もいる、と聞く。ところが、その遺骨収集に関する情報など、殆どメディアでは報じられない。実際は、81年も経っているのに、未収容の遺骨が驚くほどある。厚生労働省のコンテンツ『戦没者慰霊事業の実施(式典、遺骨収集等)』(※)によれば、海外戦没者概数約240万人のうち、海没遺骨の約30万柱と相手国事情により収容が困難な約23万柱を含めて、約112万柱も未収容だというから驚かされる。また、『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』(酒井聡平著 株式会社講談社 2023)によれば、日本国内である硫黄島にさえ、いまだに日本兵1万名が行方不明だという。こうしたいまだに終わらない戦後処理があること、そして今もその戦後処理が細々と続けられていることを、メディアはもっと積極的に発信していくべきだ。

そして外的要因のもう一つは、我々の心に巣くう「根拠のない安心感」と「他人任せ」ではないだろうか。「日本人は平和ボケしている」と揶揄されるように、戦争に対する危機感が無いように思う。幸せなことではある。しかし、他人任せにしないで自分でできることはやって何としても戦争は避ける、そうした覚悟が絶対に必要だ。そうでなければ、国民は再び塗炭の苦しみを味わうことになってしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。そうですよね、為政者の皆さん。
(※https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/senbotsusha/seido01/index.html)


【文責:知取気亭主人】

硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ
「硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ」
  • 【著者】 酒井 聡平 著
  • 【出版社】 講談社
  • 【発行年月】 2023/7/27
  • 【ISBN】 9784065325223
  • 【頁】 336ページ
  • 【定価】 1,650円(税込)

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